すすきのという街と、すすきの不動産仲介 —光と影の狭間で—
北海道随一の歓楽街・すすきので、テナント仲介・管理件数No.1を誇る「ホームエージェント」。 同社の中川紀仁社長が、現場の最前線で見つめてきた街のリアルを綴るコラムシリーズも、いよいよ最終回を迎えます。 今回のテーマは、ある一人の男が夜の街に刻んだ足跡と、その結末についてです。
理想の未来と現実の相対性
誰もが順調な経営ができるほど、現実は甘くありません。 近年、独立心の高い人が増えているように見えますが、それは素晴らしい意志であり、勇気ある選択だと思います。若い閃きこそが、この街の明日を創るからです。 しかし、現実は決して簡単ではありません。その先にのしかかる労力は、努力だけでは切り抜けられない事柄も多いのです。私は、経営において「運」というものが大半を占めて然るべきではないかと考えています。 「運否天賦」という言葉は博打的に聞こえるかもしれませんが、経営とはタイミングと運、そしてそこに掛け合わせた決断力と行動力のバランスなのです(もちろん、計画性あっての話ですが)。そして何より、「人」という周囲のサポートが支えとなります。 私自身も日々、葛藤とジレンマに押し潰されそうになることが少なくありません。理想を追えば厳しい現実に阻まれ、年月が経つほどにその難易度は増していく。決して、楽になることはないのです。 かつて、一人の経営者・H氏も同じだったのかもしれません。成功の裏にある犠牲。けれど、人を犠牲にしてまで何かを掴むことができない――それがH氏という人だったのかもしれません。
支えを失った現実
H氏の歩みを振り返ると、現実は過酷でした。 1店舗目は閉店に追い込まれ、2店舗目では従業員が去り、彼ひとりでのワンオペ営業が続きました。ようやく3店舗目が順調に見え始め、それがせめてもの救いに思えた矢先のことでした。 結果論かもしれませんが、彼の中にあった熱すぎる情熱は、彼自身を内側から燃やし続けてしまったのかもしれません。彼のロードマップには、綿密な計画も明確な出口も、もともと存在していなかったのではないか。それでも彼は、無謀ともいえる希望を追い、夜の街という大海をひとり航海し続けました。 経営と孤独は、どうしても切り離すことができないものなのです。
形と証:物語の終幕に
果たして、理想的な事業プランをやり切った人が、この街にどれほどいるでしょうか。 しかし、彼が残した足跡は、たしかな未来と理想を創り出したと私は思います。その証拠に、狸小路にある「あのお店」は、今もこの街の灯りのひとつとして生き続けています。その光こそが、彼が確かに存在していたという “証” なのです。 こうした小さな物語は、すすきので無数に生まれ、やがて静かに消えていきます。そしてまた、次の誰かへと受け継がれていく。 不動産仲介・管理という立場から、私たちは多くの「始まり」から「終幕」までを舞台の袖で見届けてきました。だからこそ、H氏の物語に幕を引くとき、私はこんな言葉をイメージします。「彼は、星になった――」 これは、切なくも敬意と希望を込めた言葉です。決してネガティブな意味ではありません。 この夜の街には、「追い続ける」という美学がたしかに存在しています。そして、すすきのという街は、今日もまた、新しく「何者かになりたい」と願う誰かの夢を受け入れ続けているのです。
■ プロフィール
中川 紀仁(なかがわ・のりひと) 株式会社ホームエージェント 代表取締役社長。 東京都立川市出身。アパレルメーカー、ナイトレジャー、大手音響メーカーを経て、2015年に不動産業で独立。現在はビル管理や飲食事業など多角的に展開している。
今回のコラムで語られた「H氏」のエピソードは、すすきので商売をするすべての人にとって他人事ではない切実さを秘めています。中川社長が「運」や「人」の重要性を説く背景には、数多くの成功と挫折を間近で見てきたからこその深い実感がこもっています。「彼は、星になった」という一節は、単なる別れの言葉ではなく、挑戦した者への最大級の敬意として胸に響きました。





